『昔取った杵柄(きねづか)』ということわざがあります。
過去鍛えた腕前が、今でも衰えていないという意味です。
この言葉は、アルツハイマー型認知症のもの忘れの様子にも当てはまるんですよ。
認知症にはさまざまな症状がありますが、代表的なものとして『もの忘れ(記憶障害)』があります。
記憶の分類
エピソード記憶
自分で体験した記憶
自分に起こった出来事や体験とそれに付随する情報(時間や場所・その時の心身の状態など)。
例)『昨日家族で焼肉を食べた。食べ過ぎてお腹いっぱいになった』
『去年のお正月は沖縄に旅行に行った。海がとてもきれいだった』
意味記憶
言葉の意味や知識に関する記憶
学習によって獲得された、自分の体験とは直接関係のない事柄の記憶
例)掛け算の九九を暗唱できる
『辞書』を見て「これは『辞書』言葉の意味を調べるもの」と認識できる
手続き記憶
体で覚えた記憶
繰り返し行うことで身に付けた、意識しなくてもできるようになった動作に関する記憶
例)子どもの時に覚えた箸の使い方で今でも箸を使っている
5年ぶりに自転車に乗ったが、乗ることができた
アルツハイマー型認知症の場合、エピソード記憶→意味記憶→手続き記憶の順番で記憶が失われていきます。
手続き記憶が残る理由
アルツハイマー型認知症は、脳の神経細胞が次第に衰え、脳が萎縮していく病気です。この萎縮が起こりやすい場所が前頭葉と側頭葉です。側頭葉には、記憶を司る海馬があります。エピソード記憶や意味記憶はこの海馬と関連しているので、海馬の細胞が衰えると、エピソード記憶や意味記憶が失われてしまうのです。
一方、手続き記憶は海馬ではなく、脳の中心部に近い大脳基底核と脳全体の後下部にある小脳と関連しています。アルツハイマー型認知症で萎縮が起こりやすい場所と離れているので、手続き記憶は比較的最後まで影響を受けにくいのです。
繰り返しの訓練で身に付けた動作(技)は忘れない。これこそ正に『昔取った杵柄』ですよね。
ポイントは、本人が苦にならずに楽しんで行えることにあります。最初はもたついてしまっても、きっかけがあればみるみるその動作(技)を行えるようになるのが手続き記憶です。
『認知症=何もできなくなる』というイメージはまだまだ強いかもしれません。ですが『昔取った杵柄』を活かして、家庭で、社会で活躍することができたら、認知症に対するイメージも変わっていくのかもしれませんね。
介護老人保健施設で介護福祉士として長く働き、ケアマネジャーを経て、地域密着型通所介護の所長を務めていました。
高齢者やそのご家族が、いきいきと健康的に過ごせるような生活情報をお伝えしてまいります。